私の長年の悩みは、下の前歯のがたつきでした。思春期の頃から気にはなっていましたが、痛みがあるわけでもなく、普段の生活で困ることもない。何より、あの金属の装置をつける勇気も、高額な費用を捻出する覚悟もありませんでした。そうして私は、「たいしたことない」と自分に言い聞かせ、20年近くもの間、そのコンプレックスに蓋をして生きてきました。転機が訪れたのは、30代後半に差し掛かった頃です。まず、虫歯が急激に増えました。歯科医院の定期検診では、決まって「下の前歯の間は、特に汚れが溜まりやすいので気をつけてくださいね」と注意される。自分では丁寧に磨いているつもりなのに、重なり合った歯の隙間の汚れは、もはやプロのクリーニングでなければ取りきれない状態になっていました。さらに、原因不明の片頭痛と、慢性的な肩こりにも悩まされるようになりました。整体やマッサージに通っても、その場しのぎにしかならない。そんなある日、友人の結婚式で撮られた写真を見て、私は愕然としました。周りの友人たちが満面の笑みで歯を見せて笑っている中、私だけが、口を固く結び、どこかぎこちない表情を浮かべていたのです。その写真に写っていたのは、幸せな場を心から楽しめていない、自信なさげな中年女性でした。その瞬間、20年間見て見ぬふりをしてきたコンプレックスが、いかに私の心を縛り付けていたかを、痛感させられました。歯並びのせいで、私は思い切り笑う自由を、自分自身から奪っていたのです。その足で、私は生まれて初めて矯正歯科のカウンセリング予約を入れました。精密検査の結果、歯科医師から告げられたのは、衝撃的な事実でした。私のがたつきは、噛み合わせのバランスを崩し、顎の関節に負担をかけていること。そして、それが長年の頭痛や肩こりの一因となっている可能性が高いこと。放置すれば、将来的に歯周病が進行し、歯を失うリスクも高いこと。私が「たいしたことない」と放置してきた問題は、私の心と体を、静かに、しかし確実に蝕んでいたのです。もっと早く来ればよかった。後悔の念と共に、私はようやく治療を決意しました。これは、単なる審美治療ではありません。私が私らしく、健やかに、そして笑顔で生きていくための、最後のチャンスなのだと、そう確信したからです。