「寝ている間だけマウスピースをつければ歯並びが良くなるの?」という疑問は、手軽さを求める方にとっては魅力的な発想かもしれません。しかし、この「就寝時だけのマウスピース」がどのようなものを指し、どのような効果と限界があるのかを正しく理解することが重要です。まず、歯を積極的に動かして歯並びを大きく改善することを目的とした本格的な矯正治療用のマウスピース(インビザラインなど)の場合、就寝時だけの装着では、残念ながら十分な治療効果は期待できません。これらのマウスピースは、1日20時間以上の装着を前提として設計されており、歯に持続的な力を加えることで徐々に歯を移動させます。睡眠時間(例えば8時間)だけの装着では、歯が動く前に元の位置に戻ろうとする力が働き、治療計画通りに進まない可能性が非常に高いです。では、「就寝時だけのマウスピース」と聞いてイメージされるものには、どのようなものがあるのでしょうか。一つは、前述の通り「リテーナー(保定装置)」です。歯列矯正治療が完了し、歯並びが安定してきた段階では、後戻りを防ぐために夜間のみマウスピース型のリテーナーを装着するという指示が出ることがあります。これは、歯を動かすためではなく、動かした歯をその位置に維持するためのものです。次に考えられるのは、「ナイトガード(歯ぎしり防止用のマウスピース)」です。これは、就寝中の歯ぎしりや食いしばりから歯や顎関節を守るためのものであり、歯並びを治す効果はありません。また、ごく軽微な歯のズレの修正や、特定の癖(例えば、軽い舌突出癖など)の改善を目的とした、非常に簡易的なマウスピースが、限定的なケースで夜間使用される可能性もゼロではありません。しかし、これらはあくまで対症療法的なものであったり、ごく限られた範囲での効果しか期待できなかったりすることがほとんどです。もし、あなたが本格的な歯並びの改善を望んでいるのであれば、「就寝時だけのマウスピース」という安易な情報に期待するのではなく、まずは矯正歯科を受診し、専門医による正確な診断と、あなたの歯並びに合った適切な治療法の提案を受けることが不可欠です。効果と限界を正しく理解し、安全で確実な方法を選択しましょう。