糖尿病による頻尿というと、多くの人が高血糖による浸透圧利尿を思い浮かべるでしょう。しかし、これは主に血糖コントロールが著しく悪い初期段階に見られる現象です。糖尿病との付き合いが長くなり、血糖コントロールが不十分な状態が続くと、また別のメカニズムによる頻尿が現れることがあります。その原因となるのが、糖尿病の三大合併症の一つである「糖尿病神経障害」です。高血糖の状態が長く続くと、血液中の過剰な糖が全身の神経細胞にダメージを与え、その働きを鈍らせてしまいます。この神経障害は、手足のしびれや感覚の麻痺を引き起こすことで知られていますが、実は内臓の働きを自動的に調節している「自律神経」にも影響を及ぼします。私たちの膀胱の機能も、この自律神経によってコントロールされています。健康な状態では、膀胱に尿が溜まるとその情報が脳に伝わり尿意を感じ、自分の意思で排尿を行います。しかし、糖尿病神経障害によって膀胱の神経がダメージを受けると、この一連のシステムに異常が生じます。具体的には、膀胱に尿が溜まっていることを感知する神経が鈍くなり、尿がかなり溜まるまで尿意を感じなくなってしまうのです。その結果、膀胱がパンパンに膨れ上がり、自分の意思とは関係なく尿が少しずつ漏れ出てしまう「溢流性尿失禁(いつりゅうせいにょうしっきん)」という状態になることがあります。これは頻尿とは少し異なりますが、下着が常に濡れているような状態になります。一方で、逆に膀胱が過敏になってしまうケースもあります。神経のコントロールがうまくいかなくなり、少ししか尿が溜まっていなくても、脳が「尿が満タンだ」と勘違いして強い尿意を感じてしまうのです。これが「過活動膀胱」と呼ばれる状態で、頻繁にトイレに行きたくなり、時には我慢できずに漏らしてしまうこともあります。このように、糖尿病神経障害による頻尿や尿トラブルは、浸透圧利尿とは全く異なるメカニズムで発生します。血糖値を良好にコントロールし続けることが、こうした深刻な合併症を防ぐための最も重要な対策となるのです。