歯列矯正リテラシー

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  • 歯科医師が語る「歯を削る」判断の裏側と哲学

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    カウンセリングの場で、私たちが「IPR(歯を削る処置)を行いましょう」とお話しすると、多くの患者様の表情が、一瞬にして不安に曇るのを感じます。そのお気持ちは、痛いほどよく分かります。私たち歯科医師にとっても、「健康な歯を削る」という行為は、非常に慎重な判断を要する、責任の重い処置だからです。では、私たちはどのような基準で、その判断を下しているのでしょうか。その裏側には、単なる技術論ではない、一種の「治療哲学」が存在します。私たちがIPRを検討する際、まず頭にあるのは「保存」という概念です。つまり、「いかにして健康な歯を一本でも多く残すか」という視点です。歯を並べるスペースが少し足りない。この時、安易に「抜歯」という選択をすれば、スペースの問題は簡単に解決します。しかし、それは同時に、生涯にわたって機能するはずだった健康な歯を一本失うことを意味します。もし、IPRという、エナメル質の範囲内で歯を傷つけない最小限の介入によって、その歯を救うことができるのであれば、私たちは積極的にIPRを選択します。これは、患者様の将来を見据えた、最善の「保存的治療」であると信じているからです。もちろん、何でもかんでもIPRで解決しようとするわけではありません。セファログラム(頭部X線規格写真)などの精密なデータに基づき、患者様の骨格や口元のバランスを詳細に分析します。口元の突出感が強く、前歯を大きく後退させる必要がある方に、無理にIPRで対応しても、満足のいく結果は得られません。その場合は、抜歯こそが最善の選択となります。私たちの仕事は、科学的根拠に基づいて、それぞれの治療法のメリットとデメリットを天秤にかけ、患者様一人ひとりにとっての「最適解」を導き出すことです。そして、その判断の根拠と、考えうる全てのリスクについて、患者様が完全に納得できるまで、言葉を尽くして説明する責任があります。「歯を削る」という判断は、常に、患者様の未来の笑顔と健康を最大化するという、私たちの哲学に基づいているのです。