歯列矯正治療を検討している方の中には、「日中は仕事や学校で装置をつけられない」「できるだけ目立たないように治療したい」といった理由から、「夜だけ装置をつけるのではダメなのだろうか?」と考える方もいらっしゃるかもしれません。しかし、結論から申し上げると、歯を動かすための本格的な矯正装置(ワイヤー矯正装置や、歯を動かす段階のマウスピース型矯正装置など)を「夜だけ」装着するという方法では、残念ながら十分な治療効果を得ることは非常に難しいと言わざるを得ません。歯を動かすためには、持続的かつ適切な力を歯に加え続ける必要があります。歯は、力を加えられると、その力の方向に骨の吸収と添加(リモデリング)が起こり、少しずつ移動していきます。この骨の代謝は、ある一定時間以上、継続して力が加わることで効率的に進みます。もし、装置の装着時間が短く、力が断続的にしか加わらない場合、歯は移動しようとしてもすぐに元の位置に戻ろうとする力が働き、結果としてほとんど動かないか、あるいは非常にゆっくりとしか動かないということになりかねません。特にマウスピース型矯正装置の場合、1日20時間~22時間以上の装着が推奨されているのはこのためです。装着時間が短いと、計画通りに歯が動かず、治療期間が大幅に延びてしまったり、期待した治療結果が得られなかったりする可能性が高まります。ワイヤー矯正装置は基本的に24時間装着したままですが、これも持続的な力を加えるためです。ただし、例外的に「夜だけ」あるいは「主に夜間」に装着する装置も存在します。それは、主に「保定装置(リテーナー)」や、子供の成長期に用いる一部の「機能的矯正装置(顎の成長をコントロールする装置)」などです。歯を動かし終わった後の後戻りを防ぐためのリテーナーは、治療の段階によっては夜間のみの装着で良いとされる場合があります。また、顎の成長を促す装置なども、学校生活への影響を考慮して夜間の使用が中心となることがあります。しかし、これらは歯を積極的に動かす段階の装置とは目的が異なります。歯並びを本格的に治したいのであれば、歯科医師の指示に従い、適切な装置を適切な時間装着することが、治療を成功させるための絶対条件となるのです。